こんな日の物語

2021年10月

明日10/31(日) はご存知ハロウィンである

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が、実際にハロウィンパーテーをやるのはサタデーナイト今夜のことであろう。私には全くそんなパーテーの予定はないのでこうしてブログをつけているのだけれども、現在の渋谷とか六本木あたりは緊急事態宣言も解除されて、さぞ賑わっていることだろう。

が、忘れてならないのは、ハロウィンと同日に行われる衆議院議員総選挙である。

私“紺名しみん”は、恥ずかしながらそこまで政治に関心がない方であるが、とりあえず選挙には毎度参加している。しかし、正直言って白票で投票することがほとんどだったりして、どの政党がどんな政策を掲げていて、自分としてもどうして欲しいからどこに、誰に投票するとか、ほとんど考えていない。

しかし、政治に参加する意思はあるので、白票でも入れれば政治家の方々は、私らのような遊動票欲しさに頑張ってもっと魅力的なアイデアをどんどん打ち出していってくれるだろうと信じているからである。と言い訳して、民主主義をただ人任せにしているだけなのかもしれないけどね。。。

しかしまあ、コロナ のこともあって、今回の衆院選はこれまでと少し真面目に考えて投票してみようと、少しばかりいろんな政党のことを調べてみた。といってもYouTubeでアベマプライムの各党の主張を見ただけだけれども、これだけでも自分なりに「ここに入れとくかな」という気持ちにはなれたので、明日の衆院選は白票では出さないぞ。

もし、こんな時世だからちゃんと選挙に行って投票をしたいけれど、どこに入れて良いかわからないという人は、YouTubeのアベマプライムを参考にしてみるのをオススメしたい。各党、わかりやすく制作を説明しているので、1.25倍速くらいでざっくり見てみるだけでも、投票するのに何らかの目安になるかもしれない。



何にしても、やっぱり選挙に行ったほうが良いとは思う。
日野市出身で「燃えよ剣」の主人公、我らが新撰組副長 土方歳三だって、この国のために命をかけて戦って散ったのかどうかは実際わからないが、我々のご先祖様達が選挙権を得るために一体どれほどの戦いがあっただろうか。

・・・なんて社会科の先生の言うようなことを言うつもりもないけれど。
政治に参加もしないで、世の中に文句を言うのもなんだかなぁと思う。



我々ヤングはハロウィンで盛り上がるのもいいけれど、選挙にもちゃんと目を向けていきたいものである。


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こんにちは。日野市民で無職の「紺名しみん」でございます。

日野 高幡不動尊では10月28日より「菊まつりが開催されているとのことで、昨日(金曜)、私は高幡不動にトコトコ遊びに行ってみた。
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入り口には大きく菊まつりの看板が出ている。去年はコロナで中止になってしまったそうだが、今年は無事に開催できたようだ。菊まつりは今年で50回目と、高幡不動ならびに日野市では、長らく多くの人に親しまれているイベントなのだろう。この日は平日とあって人の入りはそれほど多くはなかったけれど、今日明日の土日は賑わっているかもしれない。

また、七五三もやっていたので、何組か可愛い着物のチビッコちゃんが、お父さんお母さんと手をつないで歩いている姿も見られた。

よって、向かって左側の総門には菊まつりの看板が、右側の仁王門には七五三の看板が掲げられている。
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 第50回とのことです
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 七五三もやってます
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 マスクと消毒をしましょう


境内のあちこちにブースが設置され、その中にはたくさんの菊が展示されている。また、出店屋台などもあるのだが、平日だったためか骨組みのままであった。残念、たこ焼き食べたかった。
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 出店は土日しかやってないのかなあ


菊と言えば私はどうにもお墓参りにお供えする菊ばかりを想像し、しんみりした花というイメージを持っていたが、実際見に行ったら「でけえ!」と、驚いたり「かわいい(*^^*)」と和んだりした。

展示されている菊花はとても可憐で品があり、ダイナミックキュートあった。なるほど、50回も続くだけあって、菊という花はとても人を魅了するものなのかもしれない。


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また、菊の種類だけでなく、鉢の大きさ、植える本数など、見せ方にも様々な名前があるそうだ。
なるほど、菊の世界は奥が深い。
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 いろんなスタイルがあります


この掲示板によると、下記の大きなドーム状の展示菊は千輪咲スタイルのようだ。残念ながらまだ花は蕾のままだっただったが、菊まつり開催中に開花するように計算されて設置されているのかもしれない。不動堂の前に展示されていたので、この展示菊は目玉展示なのかしら。
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 まだつぼみ。開花したらきっと美しい花の丘を作るのでしょう。


また、こんなユニークなマスコット?も菊まつりに花を添えている。ちびっこが喜びそうだ。
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 菊の花カメさん

私は普段じっくり花を観賞することなんてあまりない男だが、いざ来てみるとなかなか見応えがあって面白いものだった。たまにはこういう機会があっても良いもんだ。

しかし、なんだかんだ言って私はやっぱり花より団子、いや、花より“たい焼き”である。
高幡不動尊の向かいにあるたい焼き屋さんで、出来立てアツアツのたい焼きを頬張るのが秋の趣なり。

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 結局はたべるのが楽しみ♪


高幡不動菊まつりは11月17日まで開催。

日野市近隣の皆様は、是非ふらりと高幡不動を訪れてはいかがだろうか。

映画 燃えよ剣 は、まさに小説「燃えよ剣」の映画化作品であった

当たり前だろ、という話だが事実そうなのである。この映画は司馬遼太郎の小説を化したものではなく、映したものだ!と強く衝撃的に感じた。


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映画「燃えよ剣」絶賛放映中

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昨晩、私はついに映画「燃えよ剣」を立川シネマシティで観賞してきた。
映画館に行くなんて実に15年ぶりである。
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それにしても・・・燃えよ剣、凄ぇ映画だった。

というわけで今回は、「燃えよ剣」がどんな凄ぇ映画だったか、感想と見所をざっくり5つの項目でまとめてみたいと思う。題して・・・・


映画「燃えよ剣」5つの “ここが凄い!”
なんつって
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ここが凄い -その1- 
小説の映化ではなく映化である

これはまさに言葉の通りである。

今回の映画「燃えよ剣」は、司馬遼太郎の小説をただ映像にしたものではなく、まさに“映画”として練り上げ、作り上げられた作品だと強く感じた。侍の格好をしたイケメン達が、小説通りに動き、剣を振るい、死に、泣かせるといった必要ノルマを達成すれば良しというアリガチなものではない。
ガチモンの本気で作られた「映画」である。
とにかくスケールがでかい。セットやロケーション、衣装、演出、なにからなにまで美しく、そして壮大である。また、日本人たる感覚に呼びかける江戸幕末の日本「らしさ」がとてもリアルな映像に落とし込まれていて、観ている者を ぐわおっ とその世界に引き込んでくる。さらに金と時間と技術をおしみなくブチ込んだような戦闘シーンの大迫力たるやとにかく圧倒されっぱなし。
これは原作を読んで思い浮かべた想像を遥かに超えるものだった。まさに超大作「映画」とはのことである。


ここが凄い -その2-
壮大かつ豪華な舞台

映画「燃えよ剣」を「映画」たらしめているものは、まさにその舞台であると思う。“その1”でも言ったように、とにかく背景が美しく、スケールがでかい。青々とした自然や、戦場となる広大な平野、美麗な建築物、これらのバックが非常に力強く幕末という舞台を盛り上げ、支えてくれている。この舞台があってこそ「映える画」すなわち「映画」としてこの世界観が出来上がり、だからこそ、まるで幕末の人々が乗り移ったかのような俳優達の芝居が生まれるのではなかろうか。

とにかく、うっわ、すっげ!やっべ!と感嘆しっぱなしあった。


ここが凄い -その3-
役者がハマまりすぎ!

とにかく俳優陣が素晴らしい。ただイケメンや話題の人を起用するなどではなく、本当に、本当っぽい人が来てしまった、という配役であった。本当にびったしハマってて見事だった。

小説から、あるいは本人が過去からやってきたんじゃないか?というくらいに、それぞれの俳優達の芝居は、まさに侍の精気に満ち満ちた雰囲気を醸し出していた。

主役 土方歳三役の岡田准一氏は、演技、アクションだけではなく、やはり圧倒的な華があり、映画全体を支配するその存在感が遺憾無く発揮されていた。

近藤勇役の鈴木亮平氏はまさにまさに近藤勇かのような、素朴さと剛気さと実直さを見せ、沖田総司役の山田涼介氏は小説からそのまま飛び出てきたかのような瑞々しい純粋さと剣のような鋭さを自然体で演じ、そして伊藤英明氏演じる芹沢賀茂の悪漢具合ときたらもう恐るべき怪演であった。

また、藤堂平助をはんにゃの金田氏、山崎丞をウーマンラッシュアワーの村本氏と、新撰組において重要な人物にお笑い芸人を充てるという、一見すれば奇をてらったかのように見える配役も実に役にハマっていて、両名の芝居は誠に堂に入った素晴らしいものだった。

個人的には、特に人物紹介されていなかったけれど「島田魁だ!」と人目で分かった島田魁が、いかにも島田魁らしい風貌でちょっと好きだった。



ここが凄い -その4-
圧巻のアクションシーン

アクション、殺陣が凄い!とにかく剣!剣!剣!剣!
刃入り乱れるアクションは、圧巻であった。その剣劇は、よくある時代劇のような華麗なものではなく、命を取るか取らるるか、ある意味本当の正しき剣の使い方を見せられているかのように苛烈で生々しい。演ずるために振るっているのではなく、相手を絶命させるために振るうかのように、まるで侍の魂が役者に憑依しているかのような迫真の殺陣であった。

私は剣術に明るくは無いし、実際に天然理心流がこの映画でしっかり天然理心流の剣として描かれていたかはわからない。しかし、試合では弱いが実戦では滅法強いと言われる天然理心流の、実戦特化した田舎剣術らしさが実によく描かれていたように思う。
原作小説でも、土方歳三は天然理心流に様々な流派のアレンジを取り入れ、独自の剣を使うという描写があったが、そういった“なり振り構わない” 荒々しく強烈な剣がこの映画では描かれていたと思う。

また、市街戦や平野で闘うシーンも凄まじい迫力で、セットやロケ地のスケールの大きさは勿論のこと、人間達の血生臭い怒気漂う空気感がこの映画の圧巻のアクションシーンを作っていた。



ここが凄い -その5-
壮絶なラストシーン

「うわ!そうきたか!」
というラストであった。
これは原田監督の哲学というか、信念めいたものを感じずにはいられなかった。

ネタバレはできないので、詳しくは言えないが原作小説とは違うラストであった。物語が改変されているというのではなく、描写の仕方が違う。これは恐らく、原作を読んだ者にとってこそ、全く予想しなかった終幕であると思う。もしかすると、原田監督は狙って原作ファンの予想を裏切るラスト描いたのでは無いかと思う。

やっぱり「映画」なのだな・・・と、思った。ビジュアルとして、最後に心を突き刺してくる。この壮絶なラストに私は衝撃を受け、その帰り道、電車に乗り、家に帰ってもなお、ずっと放心状態で、ひたすら ぼ〜〜〜〜〜〜〜っとするだけであった。

泣ける、感動する、そういったものを遥かに超えた衝撃であった。


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人には好みがあるので、とにかく無責任に「凄い感動するよ」「絶対見たほうがいいよ!」と勧めることはここでは申しませぬ。ただ一言・・・


この映画は凄いョ。 

それだけを伝えたい。

役者から制作陣に至るまで、この映画の全てが “侍” であった。
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ようやっと「燃えよ剣」の原作小説を読み終えたので、いよいよ映画版を観に行こうと思っている。

“日野市は新撰組のふるさと” ということもあって、映画「燃えよ剣」をとても応援しているけれど、悲しいかな日野市に映画館は無いのである。したがって、日野市民は新撰組のふるさとの外に出なければ「燃えよ剣」を観ることが出来ないという切ない運命を背負っていた。

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映画「燃えよ剣」絶賛放映中

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しかしそれ以前に、私は映画館に行くのは実に15年ぶりかそれ以上か、とにかく赤ん坊が中坊になるくらいの期間、映画館というものに足を踏み入れてこなかったので・・・映画館に一人で行くなんて、一人でスターバックスに行くくらい怖い。

どういうわけか、高校生以来、映画館というものにトンと縁がなくなってしまった。別にボッチだったわけでも無いし、映画館に行こうとしたこともあったのだが、色々とタイミングが悪く、とにかく映画館で映画を観るという機会を逃し続けていたのである。


だから「映画館ってどうやって入るものだったっけ?」というところまで、私の映画館に対する文明は退化してしまった。

だいたい今までの人生で、映画を観に行く時はいつも誰か友達の後について行ってシートに座っていた私である。それから大変長い年月が経ったのもあって、映画の見方なんぞすっかり忘れてしまったぜ。というわけで、自分から能動的に映画を見に行くのだから、これはどうしても不安を感じてしまう。


しかし30過ぎたイイ大人が、いまさら友達やお母さんに「映画ってどうやって観に行けばいいんだっけ」などと聞けるはずもあるまい。

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だもんで、ネットで「初めて映画館で映画を見る方法」を調べてみることにした。
(なんだかなぁもう)


ふむふむ、なるほど、映画には上映時間というのがあるのだな!?
と、実際そんな当たり前のことさえ、ちょいと記憶から抜け落ちていたから危ねえ。とりあえず映画館に行けば見れるのだろうと、何も考えずに映画館に行くところであった。

なるほどね、今はネットでチケットを買うだけではなく、席の指定もできるのか。恐らく“今は”どころではなく、ずーっと前からそういうシステムはあっただろう。しかし、何となくネット予約で見に行くのはちょっと味気ない感じがしてならない。
ウルトラ久しぶりの映画館なんだから、どうせなら受付でチケットを買って観てみたいものだ。

「大人一枚」なんつってね。言ってみたいじゃないのムフフ。


何にしても、たまたま日野市に暮らしてもんだから「燃えよ剣」という盛り上がりに乗って、久しぶりに映画館に足を運んでみようという気持ちになることができた。

15年ぶりに映画館で見る映画は「燃えよ剣」だ。




燃えよ剣の原作本を買い、あまりの面白さにズンズンと読み進めていたものの、終盤に入ってから少し読むのを休んでしまった。というよりも、避けていたという方が正しいか。

私が小説を読むのは、平時であれば大抵通勤電車に乗りながらのことで、また一番心地よく小説を読める環境が電車の中でもあったように思う。
連続ドラマ小説ではないけれど、電車の中で毎日の朝晩少しずつ小説を読み進め、そして最後のページは家路に向かう電車で、私の降りる駅に到着したと同時に読み終える、というのが実に清々しく、ある種、私独自のルーチンというか、妙なこだわりであった。

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映画「燃えよ剣」絶賛放映中!

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燃えよ剣は、本当に良い作品で、おそらくこの先もずっと私の心に強く残り続けるだろう小説なので、これを家の中でゴロゴロしながら読み終えるのは何とも味気なくサモシイものである。どうせならば電車の中でいつものように最終回を迎えたいものだが、かと言ってなかなか電車に乗る用事もなく、しばし燃えよ剣のラストを読むまでには小休止を挟んでいた。

しかし、一向に電車に乗る用事ができるわけでもないので、本日、小説を読むためだけに電車に乗ることにした。

なるほど、残り30ページ。行きで15ページ読んだら、折り返せばちょうど良いあんばいで帰ってこられるだろう。そう思い私は電車に乗り込み、燃えよ剣、私の中での最終回を開始した。


司馬遼太郎の描く土方歳三は実に激しく勇ましく、そして潔い戦人であった。
さあ、結末はいかに。折り返し電車の中、燃えよ剣は最終ページに向かってめくられていく。



そして、駅到着と同時に読了し、本をパタンと閉じる。

電車のドアをくぐり、駅のホームに降り立ったとき、重厚な物語を読み終えた余韻とその開放感に一陣の風が胸の中を駆けていくような、実に男らしい気分の充足感に満ちるのである。

夕暮れる空をキリっと見上げる私の顔は恐らく、侍のそれであったであろう。



その侍は、帰りにコンビニで牛乳プリンを買うのであった。


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